パソコンのキーボードを上から読むと、アルファベットはAから順に並んでいません。左上はQ・W・E・R・T・Yで、初めて触る人ほど手が止まります。

実はこの並びは誰か一人が理詰めで設計したものではなく、19世紀のタイプライターと電信の現場で少しずつ動きながら固まったものです。よく語られる「速く打てないようにわざと散らした」という説明も、当時の資料をたどると裏付けが弱いことが分かってきています。

ここではキーボード配列がなぜこの形に落ち着いたのかを年表と研究論文をもとに整理し、そのうえでJIS配列とUS配列のどちらを買えばよいかという実用面まで踏み込みます。

この記事で分かることは次の4点です。

  • キーボード配列がなぜQWERTYになったのかという経緯
  • 「わざと打ちにくくした」という通説が疑われている理由
  • Dvorak配列や新JIS配列が広まらなかった背景
  • JIS配列とUS配列の違いと、買い替えるときの選び方

由来の話と買い替えの話はつながっています。順に見ていきます。

キーボード配列がなぜこの並びなのか

まずはQWERTYという並びが生まれるまでの流れを追います。結論を先に書くと、配列は発売の前後で何度も入れ替わっており、ある日いっきに完成したわけではありません。

順番に見ていくと、通説として広まっている説明がどこで話を単純化しているのかが見えてきます。

QWERTY配列が固まるまでの年表

打ちにくくした説は本当なのか

いちばん有名なのが、タイプバーの絡まりを防ぐためにわざと打ちにくい並びにしたという説明です。初期のタイプライターは活字の付いた金属の腕が扇状に並んでおり、隣り合う腕を続けて叩くと途中で引っかかって止まってしまいます。だから英語で続けて出やすいTとHを遠ざけた、という筋書きになっています。

機構の説明としては筋が通っていますが、これだけでは配列の変化を説明しきれません。1867年に出願された初期の特許では、並びはABC順に近い形でした。そこから現在のQWERTYまでの間に、キーの位置は何度も入れ替わっています。

1872年に雑誌へ掲載された図では、最上段はQ W E . T Y I U Oという並びで、いまRがある位置にはピリオドが置かれていました。もし絡まり対策だけが動機なら、こんな途中経過は出てきません。

「わざと打ちにくくした」という説明は、当時の資料の裏付けが弱いというのが現在の見方です。速度を落とす目的があったという記録は残っておらず、むしろ売れる商品にするための試行錯誤の跡が残っています。

そもそも、腕の絡まりを避けたいなら答えはひとつに決まりません。よく続く2文字を離す組み合わせは英語だけでも無数にあり、そのなかからこの並びが選ばれた理由は説明できないままです。通説は仕組みの話としては分かりやすいものの、なぜQWERTYなのかという肝心の部分には答えていません。

モールス受信の現場で決まった並び

ではなぜ入れ替わったのかという点で、有力な手がかりになるのが最初の顧客の顔ぶれです。タイプライターを早くから買ったのは電信局で、モールス符号を耳で受け取りながら文字に起こす受信者たちでした。

当時アメリカで使われていたモールス符号では、Zの符号がSとEを続けて打った形と紛らわしく、受信者は次の符号を聞いてからどちらだったかを判断していました。そのためZをSの近くに置いておくと、判断がついた瞬間に指を伸ばすだけで済みます。実際、現在の配列でもZはSの左下という近い場所にあります。

安岡孝一氏と安岡素子氏の研究論文「On the Prehistory of QWERTY」(ZINBUN第42号・2011年)は、タイプライターの鍵盤が印刷電信機の系譜を引いていることを指摘し、配列が電信の現場に合わせて動いた可能性を史料から追っています。

この並びが1910年代にテレタイプへ受け継がれ、テレタイプがそのままコンピュータの端末として使われたことで、電信由来の配列が現代のパソコンまで届いています。

くわしい経緯は京都大学学術情報リポジトリで公開されている同論文で確認できます。この見方に立つと、配列が何度も入れ替わったことも、途中の図でピリオドが変な場所にあることも無理なく説明が付きます。買い手が電信の受信者だったのなら、彼らの手が動きやすいように並べ替えるのは自然な改良だったはずです。

配列が固まったのは1882年ごろ

年表にすると、配列が固まるまでにおよそ15年かかっていることが分かります。1874年7月に発売されたショールズ・アンド・グリデンの時点で現在にかなり近い形になり、そのあと数字段や記号の位置が整えられました。

時期 できごと 配列の状態
1867年 ショールズらがタイプライターを特許出願 ABC順に近い並び
1872年 雑誌に鍵盤の図が掲載される 最上段はQ W E . T Y I U O
1874年7月 ショールズ・アンド・グリデンが発売 現在に近い並びで市販開始
1882年 レミントン・スタンダードNo.2が登場 現行のQWERTYが完成
1910年代 テレタイプがQWERTYを採用 のちのコンピュータ端末へ

つまりQWERTYは設計図ではなく、売りながら直し続けた結果として残った並びです。理屈で美しく説明できないのは、そもそも理屈だけで作られていないからということになります。

注目したいのは1882年以降です。ここから先、アルファベットの位置はほとんど動いていません。数字段や記号、機能キーは各社が足し引きしてきましたが、中心の26文字だけは140年以上そのままです。市場に出回った台数が増えるほど並びを触りにくくなる流れが、この時点ですでに始まっていたことになります。

キーボード配列がなぜ今も変わらないか

成立の事情が偶然に近いなら、もっと合理的な並びに直せばよさそうに思えます。ところが150年近く経っても、店に並ぶキーボードはほぼすべてQWERTYのままです。

ここでは入れ替えを止めている力を4つに分けて見ていきます。

配列が変わらない4つの理由をまとめた図

上段でTYPEWRITERが打てる逸話

配列の話でよく出てくるのが、最上段のキーだけでtypewriterという単語が打てるという指摘です。同じ段だけでpropertyも打てます。営業担当者が客の前で実演しやすいよう、あえて上段に文字を寄せたのだという語り口で紹介されることが多い話です。

ただし、これを裏づける当時の社内文書が見つかっているわけではありません。後から気づいた偶然に、もっともらしい理由を足した後付けの解釈という見方が有力です。

とはいえ、この逸話が長く語り継がれていること自体には意味があります。人は並びの理由を知りたがるので、説明しやすい物語のほうが生き残ります。タイプバー説が広まったのも、機構の説明として絵にしやすかったからでしょう。金属の腕が絡まる様子は一目で伝わりますが、電信の符号が紛らわしかったという話は絵になりません。分かりやすい説明のほうが生き残るという点では、配列そのものの歴史とよく似た構図になっています。

配列の由来を調べるときは、その説明にどんな一次資料が付いているかを見ると、話の確からしさを見分けやすくなります。年号と機種名まで書いてある説明は追いかけて確かめられますが、「速く打てないようにするため」とだけ書かれた説明は、どこから来た話なのかをたどれません。

Dvorak配列が広まらなかった理由

より速く打てる配列を作る試みは、過去に何度も出ています。オーガスト・ドヴォラック氏が1930年代に発表したDvorak配列は、英語で出現頻度の高い母音やS・Tを中段に集め、指の移動距離を減らすよう組み直したものです。特許も取得されています。

理屈のうえでは合理的でしたが、現在も少数派にとどまっています。理由は配列の性能より、まわりの環境にあります。

  1. 覚え直すのに数週間から数か月かかり、その間は入力速度が落ちる
  2. 元に戻すや貼り付けのショートカットが左下に集まる設計はQWERTYを前提にしている
  3. 職場や学校の共有パソコンはQWERTYで固定されていて、切り替えられない
  4. 刻印入りの製品が少なく、買い替えの選択肢がほとんどない

要するに、一人が乗り換えても得より損のほうが先に来る構造になっています。全員が同時に乗り換えれば得をするのに、誰も最初の一人になれないという状態です。

Windowsにも標準でDvorak配列は用意されています。試すだけなら追加の出費はいりませんが、共有の端末で使うと次の人が困るため、自宅の専用機で試すのが無難です。

この構図は、キーボード配列がなぜ変わらないのかを考えるうえで一番の核心です。優れたものが勝つのではなく、先に広まったものが残ります。日本語入力のかな配列でも、まったく同じことが起きました。

日本でJISかな配列が残った経緯

日本語のキーボードには、アルファベットの下に「ぬ ふ あ う え お」というかなの刻印が並んでいます。この並びを定めているのがJIS X 6002-1980(旧JIS C 6233-1980)という規格で、情報処理系けん盤配列という名前が付いています。

ただし、このかな配列は文字数の多さゆえに4段へ広がっており、覚えるのが大変でした。そこで3段に収めて打ちやすくした新JIS配列がJIS X 6004-1986として制定されます。

ところが新JIS配列はほとんど使われませんでした。1999年3月20日に、使用実態がないという理由で規格そのものが廃止されています。ここでも起きたのは性能競争ではなく、すでに出回っている配列の強さでした。

現在の日本語入力はローマ字入力が主流で、かなの刻印まで使う人は多くありません。それでも刻印が消えないのは、かな入力を続けている人が一定数いることと、印刷を変えるコストに見合う理由がないためです。

キーボードを買うときにこの経緯を知っておくと、刻印の有無で悩まずに済みます。ローマ字入力しか使わないなら、かなの刻印は情報として読み飛ばす対象でしかありません。文字が少ないほうがすっきり見えるという理由で、かな刻印のない日本語配列モデルを選ぶ人もいます。

JIS配列とUS配列はどこが違うか

買い替えのときに迷うのが、日本語配列と英語配列のどちらを選ぶかという点です。アルファベットの並びは同じQWERTYなので、違いは周辺のキーに集中しています。

くらべる項目 JIS配列(日本語106/109) US配列(英語101/104)
キーの数 106キーまたは109キー 101キーまたは104キー
エンターキー 縦に大きいL字型 横長の長方形
スペースバー 短い 長い
日本語の切替 変換と無変換のキーがある 専用キーがない
記号の位置 アットマークは数字の右 アットマークはシフトと2
かなの刻印 ある ない
JIS配列とUS配列の違いを並べた比較表

体に響くのはエンターキーの形と記号の位置です。US配列は右手の小指がエンターまで横に届きやすい一方、日本語変換の切り替えを別の操作で覚え直す必要があります。会社のパソコンと自宅のパソコンを毎日行き来する人は、同じ配列でそろえたほうが誤入力が減ります

ノートパソコンの場合は、あとから配列を変えられない点にも注意が必要です。外付けキーボードなら気に入らなければ買い直せますが、本体に組み込まれた配列は買い替えるまで付き合うことになります。US配列モデルは在庫が限られることも多く、修理でキーボードを交換する際に取り寄せへ時間がかかる場合もあります。

キーボード配列に関するよくある質問

由来を知っておくと、配列まわりのトラブルにも見当が付けやすくなります。ここでは検索されやすい疑問を4つ取り上げます。

どれも機械の故障ではなく、設定側で直せることが多い症状です。

キーボードの配列がずれたときの手順フロー

配列が急に変わったときの直し方

アットマークや括弧だけが違う場所から出るときは、パソコンが実際のキーボードと違う配列を読み込んでいます。Windowsでは設定を開き、時刻と言語から言語と地域へ進み、日本語の項目にある言語のオプションを開くと、ハードウェアキーボードレイアウトを選び直せます。

ここで日本語キーボード(106/109キー)と英語キーボード(101/102キー)のうち、手元の実機と同じほうを選びます。この項目は管理者のアカウントでサインインしていないと表示されません。変更後はサインアウトか再起動で反映されます。

手順の詳細はMicrosoftサポートの言語とキーボード設定の解説で確認できます。記号だけがずれる症状はキーボードで打つと違う文字が出る原因は?対処法を解説!でも扱っています。

アルファベットは正しく出るのに記号だけずれるという症状は、まさにQWERTYの歴史がそのまま残っている部分です。26文字は各国共通で固定されている一方、記号や日本語用のキーはあとから国ごとに足された部分なので、設定がずれると真っ先にそこへ出ます。

Macで配列がずれるときの対処

macOSはキーボードをANSI、JIS、ISOの3種類に分けて認識します。ANSIは北アメリカを中心に広く使われている標準的な101キーの形式で、JISが日本語配列にあたります。

すぐに判別できないキーボードをつなぐと、キーボード設定アシスタントが自動的に開いて種類を指定できます。アシスタントが出てこない場合は、システム設定のキーボードからキーボードの種類を変更を選ぶと、あとからでもやり直せます。手順はAppleサポートのキーボードの種類を指定する解説にまとまっています。日本語配列のキーボードをつないだのにANSIと判定されていると、記号の位置が英語配列のまま扱われて入力がずれます。

特定のキーだけ効かない場合は配列の問題ではないので、キーボードの一部のキーが反応しない原因は?対処法を解説!のほうを先に確認してください。配列の設定ずれなら押した数だけ違う文字が必ず出ますが、接触や故障が原因のときは何も出ないか、押すたびに結果が変わります。この差で切り分けられます。

US配列は初心者でも使えますか

使えますが、最初の数週間は記号の位置で迷います。アットマークや括弧、コロンの場所が変わるため、メールアドレスやパスワードの入力でつまずきやすくなります。

日本語入力の切り替えも、変換と無変換のキーがない分だけ操作を覚え直すことになります。プログラムを書く人には記号が押しやすいと好まれる一方、事務作業が中心で職場のパソコンがJIS配列なら、そろえておくほうが失敗しにくいという判断になります。

まったく反応しないという症状は配列とは別の原因なので、キーボードが入力できない原因は?直し方を解説!を先に見てから買い替えを考えると無駄がありません。

試してみたい場合は、いきなり高価な機種を買うより、安価なUS配列のキーボードを外付けでつないで数日使ってみる方法が向いています。合わなければ元のキーボードに戻すだけで済み、本体ごと買い替えるより損が小さくなります。

キーボード配列はなぜこの形かのまとめ

キーボード配列がなぜQWERTYなのかという問いには、ひとつの明快な答えはありません。1867年の特許から1882年のレミントン・スタンダードNo.2まで、電信の現場と商品化の都合に合わせて並びが動き続けた結果として残った形です。

そして今も変わらないのは、性能で負けたからではなく、全員がすでに使っているという事実が強いからです。Dvorak配列も新JIS配列も、理屈のうえでは打ちやすさを狙って作られながら広まりませんでした。

買い替えのときに現実的な選択肢になるのはJIS配列とUS配列の二択で、判断材料はエンターキーの形と記号の位置、そして普段使う他のパソコンと同じかどうかです。迷ったときは、いちばん長く触る端末と同じ配列を選ぶのが安全です。

もし今まさに記号だけ違う文字が出ているなら、それは配列の設定がずれているだけで、キーボードが壊れたわけではありません。Windowsなら言語のオプション、Macならキーボードの種類を見直せば元に戻ります。並びの成り立ちを知っておくと、こうしたトラブルのときに落ち着いて見当を付けられます。